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大切な人を大切にしたいです。

親が病気で、少しづつ失うものが増えていくのを見てきました。動けなくなってきて、上手くしゃべなくなってきて、希望もなくなってきて、多分気力ももう無いです。

諦めざるをえないことが多すぎて、どんどん変わっていく自分を見て、本人が一番ショックを受けているのだと思います。

だから本人の前では笑顔でいようと頑張ったのですが、数回涙が出てきてしまって席を立ちました。

僕は孝行できたのか、考えてもちっともできたとは思えません。どうしようも無い息子でした。やりたいこともやらせてあげられなかったし、心配かけてばかりでした。

後悔はつきません。

今からできることを考えても、できるだけ一緒にいて、できるだけ色々話す事しか浮かばないので、それをきちんとやろうと思います。

そして僕は、尊敬する部分を真似して、大切な人を心配し続けられる人になりたいと思います。

なんで、どうしようも無い治らない病気がまだあるんだろう。人が去るのは老衰だけ、という世界にならないかな。

 

そういう事をぐるぐる考えてしまって、とても辛かったのですが、お店に入って、働いていたら気持ちが幾分か楽になりました。

大好きな仲間や、友達と話していると元気付けられます。みんなと出会えてよかった。一人だったらきっと潰れてました。

そういう場所があって、僕は幸せ者です。

2017年になりました。

あけましておめでとうございます。

12月を慌ただしく過ごしてクリスマス、お正月が過ぎました。何してたかほとんど覚えてないです。お店に入ってた事、飲んでた事、仕事してた事、風邪引いてた事が断片的に記憶に残ってるけど。なにか目新しい事があるわけでもなく、僕の人生にきっとそんなに影響を与えない1ヶ月だったのだと思います。

これではいけない。そこで、新年という事で毎年恒例ではありますけど、今年の目標を決めたいなと思います。

ちょっと考えて、目標を思いつきました。

「1日1回映画のワンシーンっぽい事をする」

です。なんでもいいのです。

例えば、会社帰りに前を見据えてカツカツと靴音を鳴らして帰路を急ぐときに、首に巻いたマフラーが解けてくるのですが、それを見ないで手でこう、ファってこう投げるように巻く。

耳にはイヤフォン。

オフィス街でこれをやる。その時の僕は矢田亜希子さんのイメージです。

同じパターンでも、そこが夜道だったら自動販売機の明かりに近づいて、ゆっくりと不器用に結び直し、ホットココアのペットボトルを買って両手で持って暖を取りながらふと空を見上げると満天の星空で、周りに配慮しながら(わぁ…)って笑顔を見せます。これは深津絵里さん。

朝の出勤時だったら、小走りに走りながらマフラーを直そうとするけどそのせいで肩にかけたカバンから諸々荷物が落ちちゃって(あーもう!)って顔をしながら全部拾って、立ち上がるとさらに携帯が落ちそうになるけどすかさず空中でキャッチ。っし!セーフ!って呟けば山口智子さんですね。

 綺麗に男がいない。

まあ、それは冗談として、今年の本当の目標は思ったら動くです。

だらだらめんどくさいなーと考えているうちに時間は過ぎていきます。カレーの鍋を2年保存していた時期もありました。洗濯バサミに蔦が絡まって朝顔だと喜んだらヘクソカズラ(臭い匂いを発する)だった事もあります。

そんなものぐさとはおさらばするんです。

とりあえず、髪の毛を染めましょうね。あと、年末から放置している洗い物をしましょうね。

大掃除も。うーん、めんどくさい。

今年もよろしくお願いします。 

湯を沸かすほどの片隅で

湯を沸かすほどの熱い愛と、この世界の片隅でを鑑賞しました。

少しばかりネタバレ含むので気をつけてください。

どちらも泣ける話と前評判を聞いていたのでちょっとハードル高かったのですが重い腰を上げてえいや!と見てきました。

まず前者、湯を沸かすほどの熱い愛。

こちらは母の愛のお話ですね。

余命宣告をされた母親がバラバラになってしまっている家族のために奮闘して、家族の結束を作っていくお話。

ストーリーだけでも泣けるんですが、めちゃくちゃ上手な役者さんたちの演技と、リアルな描写が拍車をかけて、ずっと泣きっぱなしでした。

僕の親が同じ病気で、この映画ほど病状は悪くないにしても今まで何度も手術をしてそれでも良くならなくて弱っていく姿を見ていて別れの覚悟も何度もしているので、エンターテイメントとして楽しむには僕にはリアルすぎて、ちょっときつかったです。

病院のシーンとか、子どもの表情とか、身内がこういうことになった時の家族の生活環境の変化とかそういうのが本当あるあるネタかよってぐらい自分に重なって辛いなぁという感じでした。

でも見て良かったです。弱々しくなっていくのを見たくなくて家に帰るのを避けがちだったけど、ちゃんと会わないとなとわからせてくれたから。

 

続いて後者。この世界の片隅で。

戦争の時代に生きた女性の毎日の暮らしのお話です。

戦争と聞くと辛くて苦しくてと言うイメージで映画やドラマなんかでもそういうところが取り上げられがちですが、そこだけじゃなくて、貧しくとも苦しくとも楽しいことも幸せなこともあって、現代を生きる僕らと同じように毎日喜怒哀楽繰り返しながら生きていたんだよねって事を知れるお話でした。

社会の枠組みの中で常識とされている事が理由で自分の感情を押し殺さざるをえなくて、自分の望みも優先順位を下げて、でもそれが当たり前なんだからとぐっとこらえて生きているその時代の人たちって立派ですが、もう良いんだよって言ってあげたくなりました。苦しいです。

声優ののんさんはとても上手でした。ぐっと来ました。

ともにとても良いお話。おすすめですよ。

そろそろマフラー欲しい。

寒すぎませんか。

今週から急に寒すぎませんか。

こんなんじゃほぼほぼ冬だよ。俺ときたらまだスーツのジャケットさえ羽織ってないのに冬だよ。嫌だよ!

ジャケット嫌いなんだよ!お腹のボタンが締まらないから!!!!

 

そんなわけで、今週末はマフラーでも見に行こうかと考えています。マフラーといえばみんなどんな巻き方してるんだろうって気になりますよね。僕は、小走りで歩く時に鼻まで埋められる巻き方が好きですね。

説明が難しいけど、例えば、改札を抜けるとオレンジ色の夕日が眩しかった。子供達がはしゃぎながらまた明日ね、と手を振るのを横目に私はいつもの道を1人歩く。

肌寒い風に吹かれるビニール袋がアスファルトを転がる。西部劇、みたいだなと思う。ローアングルから砂漠を映すカメラの前を巻藁が通り過ぎる絵を思い浮かべてニヤリとした。

高速道路の下を国道が走っている。信号は変わったばかりみたいだ。ため息をつき、信号待ちをしながら、晩御飯の献立を考える。腕時計を見て、車の流れを見て、道路の向こう側で同じように待っている人影が目に入った。

昨日は魚だったから、今日は…お肉かな。でも残り物が冷蔵庫にあったような。

…気付いてはいけない。

そういえば、今日は火曜日だっけ。いつものスーパーは卵の特売日だったな。

…気付いてはいけない。見てはいけない。

スーパーではまず野菜を、そうだ白菜が安かったら鍋もいいな。

…横断歩道の向こうは、見てはいけない。

信号が変わる。

私は、晩御飯の献立を考えていて、スーパーで何を買うかを決めかねている、仕事帰りの、OL。

何にも気づいていない。

だから見ては、いけない。

道を渡る。すれ違う時に思わず息を止めた。

振り返るのは絶対ダメだ。

息がつまる。マフラーで口と鼻を塞いだ。

久しぶりじゃん。と聞こえた気がした。

2度と聞きたくなかった、溶けた氷みたいに艶っぽいけれどどこかぬめりけのある声だった。

私は、思わず足の運びを早めた。

西部劇だったら…ふと思った。

ここで振り返って、腰に差した銃を抜き…響く銃声。倒れるのは…。

私かな。この状況じゃ。

だってあいつは、私よりなんだって上だったもの。運動も、勉強も、料理も。だから打ち合いをしても、負けるのは私だ。

だから負けたのだ。恋愛でも。

早歩きは止まらない。もう勝負に挑む事もしないのだ。この道路は広いから、渡りきってしまえば、信号が変わり、車の往来が激しくなれば、もう2度と追いつけはしないだろう。

まあ、そもそも、追いかけようだなんてあいつはこれっぽっちも思っていないかもしれないけれど。

みたいな巻き方ですね。

わかんねーか。

なんにせよ、そろそろ冬の支度を始めなければ、年末調整もしなければ。

11月に入り、今年もあとわずかです。

いやー、早いなー。

笑いとモテの関係性の考察。

先週の日曜日に観劇してきました。

三宅裕司が座長のスーパーエキセントリックシアター第54回本公演「土九六村へようこそ」。

1979年立ち上げなので37年目。すごいですねー。

お芝居とコントとミュージカルの融合みたいなテーマの劇団だそうで、ライトに見れて内容は考えさせられる面もあり日本演劇らしい公演でした。アングラの匂いも少しして僕は好みでした。楽しかった。

観客を笑わせる事をメインで楽しませるスタイルのお芝居って、お笑いなのに役者がかっこよく見えるものが多々あります。なんなら、役者に好意すら抱いちゃいます。好きかもしれない…こんなに馬鹿なことやっているのに、時には滑ってるのに、でもなんだろう…男らしさを感じる…あいつから目が離せない…恋…かも。

みたいな。

なんででしょうね。そんなわけで紐解いてみようと思います。笑いとモテの関係性を自分なりに考察しますね。

 

笑いのタイプって、大きく分けて3パターンあると思っています。

1.相手を落として笑いを取る

2.自分を落として笑いを取る

3.観客に突っ込まれることで笑いを取る

1はイジリってヤツですね、コンビをいじる、出演者をいじる、観客をいじる。変なところを指摘したり馬鹿にしてみたりする。これはもてません。笑わせれば笑わせるほど、いやそれは言い過ぎでは…となるためです。意地悪なヤツに映るんですね。また、うまくないと相手をけなすことだけに集中してしまってお客さん置いてきぼりです。

2は一発ギャグに多いです。変なこと言って私はこんなに馬鹿なんですよって笑ってもらう。これももてません。馬鹿なんですから。ピエロになるだけです。いくら面白くてもね。

3はシチュエーションコメディやキャラクターコントに多いですね。演者は変だと思っていない、突っ込みどころがあるとは思っていないテイなのですが観客から見たら突っ込みどころ満載。いやいや、何やってんの、みたいなやつ。小芝居だったり1人語り形式だったり。これはもてます。

演者が場の空気や観客の感情をコントロールする笑いなので、技量を感じるし支配されている感を観客に感じさせるからです。

12と3の違いってなんでしょうか。一番の違いわかりますか。

それは、観客へのやさしさです。

12は若干強引なんですよね。ほら見てくださいよ!こいつ馬鹿なんですよ!これこれこうで、可笑しいでしょ?受けるでしょ?とか、私面白いことしますよ!さあ!ギャグ言いますよ!さあ!笑って!って。観客はのるか引くかしかない。でも演者は引いて欲しくないからグイグイ来させたがる。ねえねえ!見て見て!って。

3は演者たちで完結してるんです。お互いに普通のことしてると思ってる。またはお互いで面白いことやりあって笑いあってる。観客はそれをただ見ててもいいし、突っ込んでもいい。ここでいうツッコミとは笑うっていうことですね。

俺ら勝手に遊んでるから来たかったらきなよ。みたいな。その少し距離を保つやさしさを観客は感じて自発的に興味を持つわけです。能動的ではなく自発的に、ここがポイントです。

自発的に興味を持つというのは恋に似ていて、なんか引き寄せられてるなって感覚に陥りやすいわけです。すると演者がかっこよく見える。

自分も出来たら3をやりたいのです。辛い人がいない笑いだからです。2になりがちだけど。

それでね、笑わせてるのにもてない、笑わせてるからもてない、と悩んでる人いると思うんですが、ここを気をつければ解決ですよ。

もてないのは笑わせているからじゃない、やり方の問題なんです。

笑いの向こう側で観客は何を思うのか。それを考えられればきっと道は開けるはず。

頑張ってくださいね。僕も頑張ります。

LGBTビジネスについてのあれこれ

まあ思ったことをたまには書き出すのもありかなーって事で書きますね。私が思ったことなのでどっかで既出とかもしかしたらあるかもしれないけどそんなの色々どうでもいいんだからね!知らないんだから!

 

さて、LGBTビジネスってありますよね。

あれってさ、LGBTにウケる服装だとか、旅行プランとかさ、そういうのが目立ちませんかね?もっと極端に言うとお見合いとかさ、もろにターゲットにしてくれてる感あるやつが多くないっすかね?

や、出会いは欲しいし、旅行プランとか面白いなーと肯定的なんですけども、いいんだけどね。

儲からなくね?

って、心配というか。

いやー、私大学でも一切経済とか勉強してないしわかんないんですけどね、単純に我々って少ないじゃん。10人に1人とか言うじゃん。それなら10人を相手にした方が儲かるじゃん?

だからターゲットにするんじゃなくて、ターゲットに取り込んだ方がいいんじゃないのかなーって。

我々が好きそうな服じゃなくてみんなが好きそうな服だったり専用のプランじゃなくて誰でも楽しめるプランだったりそういうの。

だって、我々って別にそういう用意してくれたもの以外の選択肢も選べるしさ。消費やなんやらの傾向の分析って意味あんのかね?いや、あるのか。結果が出てるのか。うーむ。

いやーでもさー、我々が一般的と言われてる人と違うのって性の対象だけだよ?

そこ以外は特に変わらないわけだよ。

そんなのマーケティング的な目線でカテゴライズするにはざっくりしすぎって思わん?

昭和生まれのための料理はこれ!とかドーンって出されたような違和感を感じるの。

いやいや、昭和ってざっくりやな!!!みたいな。

だもんで、どういうのが理想かというと、もともと一般的には触れられてたもので我々はあんまり触れてなかったものがあるとして、それを我々も触れたくなるようなね、興味を持つような何かがLGBTビジネスだと思いますよ。

バレンタインの友チョコとかさ、男でもチョコを買える言い訳になったのはLGBTビジネスだと思いますよ。いや、そういう目的で展開したわけじゃないだろうけど。

あと、最近のラブホテルへの行政指導ありましたな。男同士でも使えるようにしなさいって。なんで女同士は触れられてないの?って思ったけど、まあそれはそれとして、あれをホテル側からやりだしたらLGBTビジネスだと思いますよ。一緒に利用するノンケの目線が気にならないとか、ゲイのこと気持ち悪いって思うタイプのノンケ(まあ、いるよね当然)から見ても気にならないようにするとかそういうの含めての施策が打てれば結果も含めてすごくビジネスだと思うよ。

そういうの、なんか思いつくかなーと思ったけど、思いつかんかったわ。

まあ、経済学部出てないしね。仕方ないね。

結婚式とアートナイトと。秋。

今日も雑感になってしまった。日記です。

久しぶりのみなとみらいは、高校時代の友達の結婚式二次会でした。

パシフィコ横浜なんて行ったのは成人式以来。懐かしくて、しばらく海の周りをぶらぶらしたかったのですが、旧友ともゆっくり話したかったし、いつかデートの時にと諦めました。はたしていつかはやって来るのかな。

旧友と話してて、途中から違和感を感じ始めました。あれ、なんか、扱いが、ゲイバーで話している時と、同じ…?

みんなが俺をオチに使ってる…?

こないだ、大学時代の友達に会った時も同じこと思ったんですよね。

それまではゲイデビューしてからネタキャラになったかなって思ってて、学生時代はしっかり者で通ってたと自負していたのね。

でも、前に大学時代の友達と会って、総ツッコミを受けた時に君は変わらないねって言われてからあれーって、ちょっと思い出改めなきゃねって思ってて。

それでも高校時代の自分は信じてるところあった。違ったね。今日また改めなきゃね。生まれてこのかたこんな感じだねきっと。

そしてこれからも。見世物小屋キャラだね。

悲しんだらいいのか、美味しいと思えばいいのか。

その後は六本木アートナイトに寄りました。

お寿司のパフォーマンスと、なんか現代アートっぽいパフォーマンスを見ましたよ。

よくわからなかったけど、とりあえず人生を表してるのかなって感想を言ったら、一緒に行った人がそれを言ったら全部それで済んじゃうじゃないっすか…と。まあね。

美術館もアートナイトの時は遅くまでやっていたので、宇宙の展示っぽい何かを見て来ました。カラスが飛ぶやつが良かった。部屋の中で目まぐるしく映像が展開して行って浮遊感がすごいの。そのうち映画館とかもこんな感じになると面白いなって。

そんな夜。おやすみなさい。